ガーデン・シティ・ライフ・ログ

ジュビロ(Jリーグ)とか、野外フェスとかアートとか、庭園巡りや町歩き記録。

ARABAKI ROCK FEST.11 @ エコキャンプみちのく / ぼくらが旅に出る理由は大体百個ぐらいあって【宇都宮〜仙台〜吉祥寺編】

大宮戦からの続きになりますが、初めてアラバキに行ってきました。「今だから東北に」という意識があったわけじゃなく、代休を消化したい、どこか遠く行くなら大宮戦からの流れかなあ、18きっぷとか使って。そっかアラバキがあるじゃん!という流れ。仙台は5月6月にも来ていて、今度10月1日のアウェー・山形戦も行くつもりなので、別に友人知人が居るわけでもないのに行き過ぎじゃない?と思うほど。だから今回はあんまり仙台の街中は歩かなくていいやと思っていたんだけど、結果的にはフェス以外は仙台市街でしか行動しなかったのは反省点だったり…。でも内心はこれで飽きたかというとそんなことも無くて9月14日のナビスコのアウェー戦も来たかったり…(無理だけど)。アラバキへ今まで来なかったのは、春の開催がと言うより――新幹線が高い時期だから(笑)バスも渋滞するだろうし18きっぷも使えない!という。だから元々僕はGWは東京から出ることが少ないのですが、来年もまた来たいと思ったからその辺は考えたいなあ。あとは試合とかぶれば完璧(笑)

さて。前日は宇都宮で一泊。18きっぷの消化というのも理由の一つであったけど、それよりは土曜の夜に仙台の宿が無かったのが大きい。そんなに長い睡眠時間はとれず、7時半に宇都宮を出る。黒磯、郡山、福島と乗り換え。こんな時間からの行動だったけど終始電車には人多め。シャトルバスの出ている大河原駅に着いたのが11時40分。シャトルバスがすごく並ぶと言われていたけど、もう少し遅めの時間、仙台駅でなくこちらだったと言うこともあって、全く並ばずに乗れた。乗ったところで丁度定員になって出発。12時半にはエコキャンプみちのくに到着。初めて来るフェス、事前にシミュレーションも何もしていなかったので全てが新鮮で手探り。おお、入場するとすぐキャンプエリアなのか!とか。そもそもキャンプ場だということもあってキャンプし易そうだし、今回の気候は本当にし易かっただろうなあ。春だと寒いんだろうけど、点在するキャンプエリアの雰囲気や基地的な意味合い込みで、次回キャンプしてみたいなあと思った。入浴も温泉郷にバスが出ているし。







花笠から陸奥方面へ歩いている通路で友人と遭遇、その後会社の人とも遭遇、これでもう安心した気分。知っている人が居なさ過ぎず、居過ぎず。心地良い。友人曰く「今年は人が多いよー」と。この辺まではそんなに導線が混み合っていなかったんだけど、HATAHATAとARAHABAKIの分岐点?みたいなところがマヒしてたり、陸奥の入り口が詰まってたり、人の多さの割に導線管理がし切れていないなーとは思った。4大フェスと比べるとだけど。夜ホテルの大浴場で一緒になった人(その人もアラバキは初)が「思ったよりも規模は小さかった」と言っていたけど、でも逆に言うともっとステージが密集していると思っていたから「思ったより歩くなあ」と思ったし、これも友人曰く「今年の規模になったのは昨年から」ということだから、この規模でも大きくなっているんだなあと思う。そういうインフラ面、それは例えばスピーカーの良さとかもそうなんだけど、そういうところを4大フェスと比べちゃうと物足りないところもあるけど、でもそれと楽しさは別。結構歩き回った!

見たアーティストとか。会場の道や位置関係を把握する為に、まず最初は一番奥の陸奥まで行って、ASIAN KUNG-FU GENERATIONこないだ書いたけど、RIJFでのステージがあまりにも良かったので今回も楽しみにしていた。こないだとやった順番は違ったけど曲目はほぼ同じ?ベスト的な選曲。RIJFでも思ったけど、“リライト”で合唱になるっていうのがすごい。決してオリコンで1位を取った曲でも無いし、テレビの名曲集で流れる曲でも無い。明るい曲でも無い。当時あまりロックを聴いていなかったからわからないのだけど、この曲がいきなりヒットチャートの上位に現れたこと自体は事件性があったことなんだろうな。そしてこれだけ多くの人にこのフレーズが受け入れられ、刻まれているのだから、これはやっぱ世代感、時代性なんだと思う。こないだのパフォーマンスは夜、トリ、映像という雰囲気込みだったので、こないだ程「すげえ!」とは思わなかったけど、でもこの日一番お客さんが入っていたのはアジカンじゃなかったかな。やっぱそれだけのバンドだと思った。

アジカン後、前日携帯を落としていた友人と落ち合う。その後インフォメーションに戻ったら携帯が戻っていた。めでたしめでたし。そしてKen Yokoyama。見るの結構久々だけど、スキャフル以後とかAIR JAM近いとかで見るの楽しみにしてました。開始前に注意事項。スリ多発の話。関東だけじゃなくアラバキでも起きてるのか…。今回はNO NUKESという表現は無かったアジカンと違い、こちらは脱原発Tシャツ。「俺らの中の脱原発ソング。清志郎さん的な」と言って“デイ・ドリーム・ビリーバー”。そっからのセットリストは憶えてないけど“Ricky Punks”“How Many More Times”“Ten Years From Now”“Punk Rock Dream”とか。もうスキャフルの時とは訳が違うダイバーの数。今回は荷物をコインロッカーに入れられる行程じゃなかったからリュック背負ったまんまだったので、どのライブも終始後ろの方で見ていたのですが。それでもKen Yokoyamaでは前に行けないなと思った(笑)終盤にはAIR JAMの話…「まだ場所も時期も決まってないけど、絶対来年東北でやるから」「チケット取れなかった人が多いみたいだから、一曲ハイスタの曲を」と言って“STAY GOLD”。これも大合唱。これは前行くか迷った…。

f:id:airgyan:20110829015909j:imageKen Yokoyama後つけ麺を食べたら、(朝早かったから)すごく眠くなった。こんな時のリポD…と思ってリポDブースで「ファイトー?」「いっぱーつ!」ってやってたら、ちょうど友人がそこに居た。笑い。でもリポD効いた。この後はsalyu×salyuへ行きたかったのだけど、迷っている間に時間が過ぎる。そこでベガッ太くんに遭遇!写真撮ってもらった。ユアスタじゃ逆にこんな機会なさそう。その前に撮ってもらってた人たちには優しそうにしてたのに、僕に対しては寄り掛かった上頭くしゃくしゃされてます。ジュビロサポじゃなかったら優しくしてくれただろうか(笑)スタッフの方とも少し話した。ユアスタ何度も行ったことあるって言ったのに、観戦ガイドを数冊押し付けられる(笑・ちゃんと翌日友人のセレッソサポにも渡したよ!)「14日も来てくださいよ!」とか、そんな会話がクラブの人と出来たのは、アウェーの試合来るのとは全く違う醍醐味…とか思う人はどれだけ居るかな(笑)

でも苗場支部とかともまた違う楽しさがあったし、ロック・フェスにJクラブのマスコットが居たのは多分初めて見たよ(ちなみに一緒にむすび丸も居た)。肝心のベガルタサポ(ユニ着た人)は少ししか居なかった気がするけど(タオマフは結構居た)、じゃあ僕が地元のフェス=ap bankに着ていくかっていうと着ないよな(ロック・フェスじゃないけど。でもメタモとかでも着ないし)。楽天ユニも居なかった。Jリーグユニはちらほら居た。山形、東京、川崎、広島、大分など…中でもホルモンの時にユニの集団が居たので混ぜて写真撮ってもらった。日本代表の「14番」前田のユニとか、そういえばそんな時代あったなーと懐かしくなった(笑)ていうか何故今それ…。全体的にはRIJFCDJといったロキノン系フェスのTシャツの人が5割ぐらい占めている気がした。勿論他フェスやアーティストT、ARABAKI自体のTシャツも多いけど――「東北の人?」「そうじゃない人?」という受け答えで東北の人が大多数だった(=遠征客ばかりでない)ところで考えると、「RIJF行って来たぜ」というのを“ホーム”であるARABAKIで見せたいのかなあ、と。そういう意味ではRIJFCDJは甲子園や国立競技場みたいなもんなのかも。イマイチな喩えかな(笑)

見たライブの話に戻る。salyu×salyuに行けなかったのでマキシマム ザ ホルモンを見る。こっちもすごい人。からの怒髪天。こっちもすごい人。ライブ中、横の方で「居酒屋るみちゃん」と書かれたのぼりを掲げている人が。今年のフジロックで旗をかざしてる人が増えたように感じたんだけど、あの類か?のぼりなのが怒髪天らしさ(笑)とか思っていたんだけど、どうやら増子さんが裏でやっていた居酒屋ののぼりだったということをTwitterを見て知りました。なるほどね。そしてみちのくプロレスへ。花笠でのLITTLE CREATURESがちょっと押していたからか少し遅れてスタート。気仙沼次郎の歌詞忘れ笑った。プロレスってものを初めて見たぐらいだったけど、面白かった。ああ、でも一試合目は白は勝たないんだなあ、みたいな(笑)2試合目の途中で磐越へ。the HIATUS。こっちも開始が押してて15分ぐらい遅れて開始。2曲ぐらい見て9mm Parbellum Bulletへ。ちなみにこの辺(フジで見たハイエイタス以外)はどれも結構久々に見ました。これもアンコール含めてラスト3、4曲ぐらいしか見られなかったんだけど、9mmかっけなあ…。Vo菅原、Bs中村の二人は東北出身。ステージから去るのも遅く、気持ちを感じるステージだった。



最後に会場を一回りするつもりで。津軽でのEntity of Rudeを少し、陸奥でのGTRGTR祭り(THEATRE BROOK×GRAPEVINE)をほんの少し見て。最後は高木正勝さん。この日見たのが割と王道ばかりだったからようやくちょっと違う毛色のを(笑)10分ぐらい押してスタート。ずっと見たかったけどライブで見るのは初めて。「映像と音の祭り」、他は割とコラボ的な位置づけなんだろうけど、高木さんのは本人作品に合わせて。“Crystallized”も素晴らしかったのだけど、昨年展示で映像だけ先に見ていた“Ymene”の完成形が圧巻。映像自体、生とか死とかにすごく踏み込んだ作品だったと思うのだけど、それが音が乗っかってより強さが増すというか――映像の中のストーリー(と言っていいのかな?)含め、これがこの今年のARABAKIの最後のアクトに演じられている様はなんかすごく意味を感じた――けど見ている人が少なかったからそう思った人はごく少数派かもしれないけど(笑)アンコールで出てきて「出来る曲全てやってしまったんだけど…」と言って、あーでもないこーでもないと色んな曲を最後に弾いて、結局15分ぐらい、3、4曲やったんじゃないか(笑)予定に無かった演出をした照明さんも乙。

高木さんが終わったのがちょうど22時頃。タイムテーブル的には30分以上遅れ(笑)この日予定気温が25度ぐらいで、それにしては昼間は晴れている時間は暑かった!のだけど、さすがに夜にはひんやり。この寒さでは、バイトくんTシャツ1枚じゃちょっとかわいそう。GTRGTR祭も押していたみたいだったけど、さすがに僕より早く友人はゲートに着いていた。シャトルバスで仙台駅へ。駅着が23時半。さすがにもう眠かったので飲みにも行かず、ホテルで大浴場に浸かってから眠ったんだけど――ちょうどバス降りたところが夜行バスの乗り場の近くで。これから夜行バスで帰るアラバキロッカー多そうだったから、すげえなあ…と思った。若い(笑)冒頭でも書いているけど、初のアラバキは楽しかった。導線とかインフラ面が完璧とは言えないと思うけど、それでも楽しかった(一番消耗するバス並びに上手いこと巻き込まれなかったのも大きい!)。大浴場で一緒になった人とも「来年も来たいと思った」「そうっすよねー」なんて会話をした。来年はまた春の3連休の開催みたい。冒頭に書いていた交通とか宿の部分を、またちょっと作戦練りたいなと思う。そしてきっとまたジュビロのユニを着て…ああ、アウェー戦と重なればいいなあ(笑)


最後に月曜の話も。最初は18きっぷで寄り道しようと思ってたんだけど、疲れでもう眠っていたくて…。予定の時間には起きれず。別の友人とお昼を食べていくことに。牛タン定食。美味かった。せっかくなので商店街をいつものように歩いて、せんだいメディアテークまで行ってみた。エントランスで展示されていたのが“被災地につくる「みんなの家」アイディアスケッチ”展。伊東豊雄氏の呼びかけで集まった仮設住宅案。ただA4のプリントが貼り付けられているだけなのだけど、名前を見ていくと安藤忠雄妹島和世西沢立衛石上純也藤本壮介などなど。面白かった。そうこうしているうちにもう14時過ぎ。もうどっか途中下車しながら帰れる時間でもないなと思って、仙台出る前にもう一箇所。昨年行って――YouTubeに津波の映像も上がっていた仙台港アウトレットに行ってみた。5月の時はまだやっていなくて、一体どうなってるんだろう?と思いながら行ったけど、中野栄駅からアウトレットまでもう殆ど爪痕は無かった。営業再開しているんだからそりゃそうか。

今回も仙台を楽しむだけ楽しんで――あまりそういう爪痕を感じにいく旅にはならなかった。仙台に限らず…電車で行ける範囲で一度沿岸部を見に行きたい。次回かなあ。そして18きっぷで東京に帰れる最終・17時01分の福島行きで仙台を出る。福島、郡山、黒磯、宇都宮、赤羽、新宿と乗り換えて、吉祥寺着が24時10分。郡山で長めの乗り換え時間があったのでビアードパパでシュークリーム買ってたら、同じ行程で来ているアラバキロッカーが後ろに並んでた。考えることは同じ(笑)宇都宮で長い車両の電車でバラバラになるまで、数人は同じ行程の人が居て――その辺まではまだ気分はアラバキ。もう現実に戻らなきゃねー。7時間だから浜松から帰ってくるより全然長い時間だったけど、そこまで長さが気にならなかったのはあまり乗らない路線で新鮮だからかな。でも路線的にはほんと同じ道を行って帰ってきただけだから、次(秋?)は遠回りしたりしたい。家を出たのが土曜の夕方だから今回の旅は実質そんな長くないんだけどね。そしてまた1ヶ月後には東北へ!