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ポール・マッカートニー《One On One JAPAN TOUR 2017》@ 東京ドームを両親と観に行った。

ポール・マッカートニー《One On One》JAPAN TOUR 2017@東京ドームへ行きました。最後の来日かな――と思っていた2015年のジャパン・ツアーから2年。まさかの再来日!

遡ること3年前。国立競技場でのポール・マッカートニー公演は両親の分のチケットを用意していた。両親は当然ビートルズ世代。その前年、2013年にポールを観に行った時に一緒に見た会社の先輩が親(義理の母親)を連れてきていたので、そっか親に機会を与えるって発想があるべきだった…!と思って。それがあっての2014年だったのだけど残念ながら公演は中止に。2015年の時は孫(甥)が生まれたばかりという事情で固辞され、もう無いかな〜と思っていた。両親もそう言ってた。
romitou.hateblo.jpromitou.hateblo.jpだけど昨年の紅白でのポール本人の発表があり、「今回は行く」と親とお正月に話し。今回はほんと当日まで何も起こるなーと…願ってた(笑)3塁側スタンド20列ぐらいからの視点は2013年とほぼ同じような場所。3人分のS席チケットは決して安くはないけど、今回ようやく、両親にポール本人によるビートルズナンバーの応酬を体験してもらった…という点において、僕個人的に非常に満足度が高いし感無量だったライブでした。5年に1回ぐらいの親孝行(笑)

ポール・マッカートニー、4/27の東京ドーム公演初日のセットリストが明らかに
http://nme-jp.com/news/37343/

3回見た《OUT THERE》ツアーから多少曲目は変わっていた。前回やってなかったビートルズナンバーも幾つかあったし逆に聴けなかったナンバーも。でもドが付く代表曲は今回もやってくれたので、まー変わらず最高でした。何度見ても最高。週末にアラバキなければ当然もう1回来てた。今回も半分がビートルズ曲。そして前回も30曲近くやった記憶あったけど、最後のアビーロード組曲をばらして数えると40曲近くもやってんのか。今回も水飲んでなかった74歳。さすがに前回よりは声出てなかった気がするし(いや充分出てるけど!)心配なので水飲んでくださいw

前回もきっと同じこと書いてるけど、ポールのライブの何が凄いって、バリバリ現役感あるところ。老後の道楽ではない。それで居てビートルズやウイングス、ロックの歴史を60年分ドカンドカン投入してくる所。だから会場に意外と若い世代も多いんだと思う。本当に凄いから。チケット代は高いけど、それだけの、いやそれ以上の価値があると思うし、3日ほぼソールドアウト。需要と供給が合致している――むしろ帰りにドームの道路沿いに運転手付きの高級車が複数台居たのを見て、1.8万なんてはした金という層がポールには多く居るだろうなぁと思った(笑)

両親がビートルズを聴いていたのはそれこそ50年以上前にラジオで。今よりよっぽど田舎だった浜松で。ほぼ浜松から出てない人生で、それだけの時間を経てポール・マッカートニーを観るって、僕にはもう味わえない夢見たいな時間なのかもなあ。父親は若者に触発されて何度もフゥ〜ッて言ってた。自分が小さな頃に、家にビートルズのレコードやカセットがあったのは覚えているけど、別に影響されて好きになったりはしなかった。高校生の時自主的に青盤を借りた頃から好きになったけど――それでも他の僕が人生において大好きなバンドと「これ最高だな」と思う感じがちょっと別物な感じがするのは、生まれた時から、いや生まれる前から聴いている音楽だから――なのかもしれないですね。

「See you next time!」の別れの言葉、「でもこれが最後かなぁ…」からの「また」が2回あったから。またあるのなら2万円に値上がりしたってまた親との3人分取るよ。一年でも長く元気に健康で居てほしいなあ。最高の夜でした。

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ライブの感想ここまで。余談的につぶやこうと何度か思ったけど忘れてたことをここには記しておこう。
帰り、混み合う水道橋駅を避けて親を御茶ノ水駅まで歩いて送った。その間、両親が手を繋いで歩いていたんだけど、はて、これまで両親が手を繋いで歩いているシーンを僕は見たことがあったかな?と。その前にドームで合流した時もはぐれないように手を繋いでいたけど、人が多くないシーンでも手を繋いで歩いていた。
うちの両親は、少なくとも僕の物心が付いてからはあまりなんというか――「恋人」のような振る舞いを見せたことはない。両親が喧嘩しているシーンも(言い合いを何度か見たことがあるだけで)見たことがないけど、逆に(僕が物心ついた時だから30代後半や40代の時代でも)ドラマのようにハグしたり身を寄せ合うシーンすら見たことがない。「親」としての2人しか見てきてない。

そんな両親が手を繋いで歩いていた。言ってももう60歳も過ぎてほんとに「夜、東京の街ではぐれないように」という理由もあると思うけど、良い意味での違和感があったし、ようやく子供の前でも自然と手を繋いでもいいと思うようになったのなら、それはとても素敵なことだなと思いました。――その上で、向こう数年後には子供の僕らが両親の手を繋いで歩くようになるんだろうなーというのを現実的にも思った。今でこそまだ東京の生活は好きだし楽しいしやりたい仕事もあるけど、静岡・浜松が帰りたくない田舎でもない。「自分らのことは気にするな、好きにやれ」と何度か言われたこともある、けど、現実的に状況が変われば誰かが動かなければいけないし、東京で1人で好き勝手やってきた僕がいつまでも好き勝手なままでも居られないだろう(笑)その時に東京に後悔を残さないように。2020年を一つの節目に頑張りたい。