ガーデン・シティ・ライフ・ログ

ジュビロ(Jリーグ)とか、野外フェスとかアートとか、庭園巡りや町歩き記録。

アナザー・モーニング?

airgyan2009-02-22…この曲の“生まれ変わる朝が来た”というフレーズでこのブログ内検索をしたら、幾つか日記が引っ掛かったんだけど、まあいいや。でもちょっとこのブログらしいタイトルにしてみる。本当は今日東京競馬場フェブラリーSでも見に行こうと思っていたんだけど(久しく東京競馬場も行ってなかったので)、睡眠欲に勝るものは無いってところで。でも良いレースだったね。しっかし、吉祥寺や井の頭公園をぶらぶらしていてもどうもここ最近は血圧が上がりきらない感じがします…。で、昨日でまた一つ歳を取りました。行きたかったライヴ(ガーデンホール)も行けなかったし、とはいえ何となく他のライヴ(リキッドとかサンプラザとか)へ行く気にならなかったので(誕生日に誰にも会わず一人にライヴってのもなぁ、って思って…昨年はそうだったけど、2年連続はなぁ、と。)、友人を誘って下北で比較的早い時間から遅い時間まで飲んでいた。そんな誕生日。

年末に1年を振り返った時に「今までで過ぎるのが最も早い1年だった」的なことは書いていたけれど、25歳の1年は過ぎるのが早かった。途中からは「早く時間が過ぎればいいのに」って時もあったので、まあこんなもんだろうなあ。良いこともあるにはあったし、悪いこともあるにはあった。良いことが無かったと言えば無かったし、悪いことも無かったと言えば無かった。毎年毎年“変化”があった中で、久々に気持ちが停滞した1年だった。けど、最後の3ヶ月で変化の足掛かりが出来た上…大好きだった猫も死んでしまったり、心に咲いた月の光で咲く花も枯れちゃったけど、変化を迎えようとしている今このタイミングは、すごく前向きになれている状況です。

で、このタイミングで書こうと思っていたこととして。今年入ってから“変化”みたいなことをちょくちょく書いていたんですが、そのまんまで…3月で3年弱働いた今の会社を辞めて、転職をします。4月から新しい会社へ行きます。転職先について書くべきかどうか色々考えたのですが、でもせっかく10年間続けているWeb日記で、僕が高校生の文章も、そして今もこれを見てくれている人ってのも(僕が把握していなくても)居ると思うので。そういう人に対してせっかくだから伝えたいと思ったので(成長した姿を(笑))、書くんですが、転職先は“僕が高校生の頃毎月のように買って持ち歩いていた雑誌の会社”です。画像はその初めて買った時の表紙。

表紙画像載せている時点でバレバレなのですが、一応字として書かないでおこうと言うのは何で引っ掛かるかわかんないので…。で、書いてしまった以上は、3月を目処にここを一回閉じようなんてことを考えています。(非公開状態含めて)どっかしらでは蓄積させるつもりだけど、音楽絡みのことを軽々しく書けなくなっちゃうからなあ。この2月でブログとして書き始めてからは4年が経過して、このタイトルでWeb日記を立ててからは6年。二十歳無職高卒職歴無しってところから…ブログとしても(新たな人生としても)スタートして、一応ブログツールに乗換えた時も、会社辞めて無職になった時でさ。まさかそんな風になるとは思ってもみなかった(笑)

そう、本当に何も無い状況から…元を辿れば2chのヒッキー板に入り浸ってた頃から書き始めたものなので(←こういうこともようやく今だから書けます(笑))、そういったものを背負う立場になるなんて、想像もしていなかった。人生何があるかわからない。コネのようなものがあって、飛び級のようなものがあったというわけでもない。全部一から自分の足で歩いたから、という自負もあります。勿論その歩いた過程で、様々な人と出会えて、縁あってこうしたことになったのも確かなことです。そして運が良かったのもきっと確か。それは、職歴の無い僕を前の会社が拾ってくれたことも、さして実績の無い僕をこの会社に拾ってもらったことも。人の入れ替わりが激しかったことも結果的に僕にとってはチャンスになったわけだし、この間に職業訓練校で色んな人と出会えてそこで気付かされたことも多くあったり。

左上のプルダウンから2005-02の日記を開くと、その頃は正に退職したての時期で、友達少ないから人と遊ぶわけでもなく、とりあえずCD買ったり借りたりしていた日々。2005年は基本的にそんな…実家でうだうだしていた時期なわけで、日記自体がそういう頃から蓄積したものだからこそ、日々の蓄積と頑張りや、何気ない出会いが、思いも寄らない未来に繋がっていくんだ…って思えるものになったと思うんだよね。…そういうものを閉じると言うのは残念なことなのだけれど、でも大きく出遅れたところから頑張ってやってきた結果ここまで辿り着けたというものは、素直に嬉しいです。高校生の時に某Gバンドのサイトを立ち上げてから10年。別にそれが直結しているわけじゃないけど(仮にあの時何かアドバンテージがあったとしても、一度それを全部無にしてるから)、僕のスタートしてはやはりあそこからだから。

10年経ってそういう…業界最難関とも言われる環境に身を置けるというのは、高校生の頃、漠然と“ウェブの仕事をしたい、それが音楽のウェブとかに関わる仕事だったりしたら良いな”みたいな目標はあった僕としては、“夢が叶った”と言っても過言ではない。ましてや、僕自身も毎月買っていた雑誌だからね。…勿論そんなこと思えるのは今だけで、大事なのはこれからだから、満足も安心もしていませんけど。高校生の頃…猫が膝の上に居たかどうかは分からないけど、電話越しで「あの会社入れれば林檎ちゃんに会えるかもしれない」なんて話す声を聞いていたのをよく憶えている。その子はすごく頭も良かったし(頭が切れる子だったし)、物を書くような仕事をする人はそういう選ばれた人たちにしか出来ないものだと思っていたから、僕は“入りたい”とも思っていなかった。絶対無理だって分かり切ってたから。

頭の良い大学に入ったその子がその後どこでどうしているかはわからない。けど、僕は全く違う道を歩んで、その子が入りたいと言っていた会社で仕事するチャンスを今こうして得られた。それはすごく達成感があるし、本当は会って伝えたいんだけれど(笑)そういった満足感もあるし、色んな人に話すにあたっても、これ以上無い前向きに話せる会社ではないかなぁ、と思うので、まあすごく丁度良かった。元々転職自体は、夏に…北海道から帰ってきていた頃には自分の中ではタイミングを考え始めていたし(その時は年内には、と思っていた。多分それっぽいことをこのブログでも書いている)、秋には意志を伝えていた。この会社で3年にもなる、そして25歳も終わる。いつまで東京に居られるかわからない…という気持ちがある中、この1年の停滞を感じる中で、もうその頃から色々新たな変化というのを考えていた。

でもこの会社を受けようと思った時は、“音楽の仕事したい!どうしても入りたいッ!”みたいな感じってよりは、んー、せっかく東京に居るんだから応募だけしてみるか、みたいな結構軽い気持ちでした。自信があるとか無いとか、そういうのも無かった。だからなるべくそういうことを人に相談しようとも思わなかった(応援される程入れ込んでたわけでも無かったし、通る期待みたいなものもあまり思い描いてなかったから。だから駄目でもショックを受けないように…そんな姿勢だった)。縁あって中に知っているかたも居たけど、そういうのを通すようなことも無く、なるべくフラットな状況で…自分の力を試してみたかったというのかな…そういう気持ちが強かった。だからこそ、通っていく過程でそれ自体の一つ一つが自信になっていったし…でも面接で落ちたことが無いから、それはすごく自信があったかな(笑)

期待はしないようにしていたけど、自信はあった…それは、この3年間自分の頑張りによる蓄積に自信があって…要はウソで自分を塗り固める必要が無いから、後ろめたさがく言い切れた部分も多くあると思う。ついでに言うと“面接で落ちたことがない”のは、僕は大学生が受けるような“振り落とす為の”就職試験と言うのは受けたことが無いので(中途向けしか受けたことが無いので)。逆に自分の武器って分かり易いからいちいち試験や面接でそんなに気負うことがないというか。自分の人間性を見定める為に話す機会がある。だから気負わず自分らしささえ出せれば、心配するようなことが無いと思ってた。だから別にもしどこかで落ちていたとしても“楽しかったなぁ”って思ったと思う(笑)…何かの時に電車が止まって遅れそうになった時は焦ったけどね…。チャレンジ出来ずに潰えるのは悔しいなって思ったから。

…そんな動きを残留争いの真っ最中にしていて(笑)、でも在職中の転職活動と言うものは初めてだったので、すごく後ろめたさもあったし、気持ち的にはすごく気持ち悪い状況だった。そういう色々な要素が重なっていて、決まった頃も…嬉しさよりは、本当にこれで良いのか?みたいな迷いがすごくあったんですが。親しい人には年末年始の休み中に話し始めて、皆すごく喜んでくれたり暖かい言葉をかけてくれたから…それでようやく前向きになれて、“きっとこんなチャンス二度と無い”って思えた。そこですごく気持ちが引き締まったし…まああとはもうスーツ着たくないって理由もあったけど(笑)だからなんか…今回もそんなに“転職活動した”ってよりは、本命の子だけに告白してOKが出た、みたいな状況なので、一番きれいな形だったと思います。今の会社に入った時もそうだったけど(一社目で決定)。

1月に色んな人に会って話をしていたのも、自分の中の気持ち悪さを吹っ切るため。この3週間ぐらいでぼちぼち社内の子たちにも話し始めて、もう気持ちもだいぶすっきりして、今はすごく前向きな状態になれています。結構思ったよりもショックを受けてくれて(笑)、ああ、そう思ってもらえる間ならよかったと逆に思ったりした。勿論申し訳ない気持ちもあるけど――こんな僕を頼りに思っていてくれている人たちが居たというのは、すーーーーっごく嬉しいことなのです。けど、仕事は馴れ合いになってはいけないと思うし、でも…僕は人が辞めていってくれたおかげで様々なチャンスを得られて、こうして新たな道を歩むことが出来た。人が辞めることに対して流されなかったおかげ。そこが一番心配だったんだけど、そういう人の変化のおかげでまた一つ成長出来る、と思ってもらえればなぁとすごく思っている。

僕自身にはもう“前の会社を辞めている”という経験があって、且つ別に大学とかを出ているわけじゃなくて、こうやって転職で色んな環境を体験することで仕事人としての自分を構築していくんだろう、っていうイメージが…二十歳で最初の会社に入れた頃からあった。正直言って26歳で3社目って少ない方ではないと思うし、リスクは当然あるんだよ。20代でもう一度転機があるだろうし、上手くいかなければ更にもう一度、ある可能性がある。今までは転機が、22、25と、まだどうにでもなる年齢だったけど、今後はきっとそうもいかない。そう思うと結構リスクあるなぁ…なんて思うから…だからあまり人へ影響与えなければいいな、とは思うのだけれど。

元々“やめたい”だけなら、古くは2006年の夏頃からは考えていたことだし(笑)、そう考えたことは何度もあった(なので僕とそういう話をしていた人はそういう部分でも喜んでくれていたりはする(笑))。だけど、その都度“今の自分に何があるのか?”っていう疑問があって、“後ろ向きな理由で動いたら同じことの繰り返しだ”と思えたから…その度頑張り直せたというかね。この会社の環境でやりたいことが出来なかったら、きっと他の会社でやりたいことなんて出来るはずがない。少なくとも自分の蓄積を一回リセットするにも等しいのだから。で、もうそういう後向きなものが無いからこそ動くことを決断出来た。そして僕みたいなスキルがあればオープンオファー的なものも全く困らないんですが、そういった他人主導のものではなく、“自分から動いて決断した”、それが「後悔しない為に」大事だと思った。

僕が入ってから人が頻繁に辞め続けた中で、今年は殆ど人が辞めなかった。それもようやく安心して動ける要素にもなり。皆ショックは受けてくれているけれど、うん、ほんとそれが成長になるはず。教わる立場が、教える立場になる。そういった変化が。本当にね、変化が多かったおかげで僕はこういうチャンスを得られたって思っている。僕自身はまだまだだけどね…。もっともっと変化しなきゃいけない。このままじゃ井の中の蛙じゃないか…とか。その為に、20代でせっかく東京へ居るうち、新たな刺激や新たな出会いが欲しかった。と思っていたから動くわけであって、甘ったれた期待や気持ちでそう決断したわけじゃないし、全て“今後の自分次第”。

上の方で“自信はあった”みたいなこと書いてますが、それはあくまで…今回の試験。に関してであって、自分がしてきた仕事や、自分自身に対して“自分はすごい、自分は選ばれている”と思ったようなことは、一度も無い。…でも、こんな僕を“すごい子が居る”と(僕の知らないところで)言い続けてくれていた人が居て、当然その間僕も努力をしていたからではあるんだけど、冗談でも「居てくれたらいいのにね」と言ってくれなかったら、(別にそれが直接的なきっかけではないし、なるべく内緒で受けようとしておきながら)チャレンジしようと思わなかったかもしれない。そう思うと、この人たちには一生頭が上がらない、と言っても過言ではないです。

そうやって多少なりとも誰かが与えてくれたチャンスでもあり、僕が割と軽い気持ちで決断しておきながら、思っている以上に色んな人(地元の友達とか含め(笑))に期待されている…そりゃそうか…それぐらいの機会なんだと思うと、その分プレッシャーはすごくありますが。だって僕自身は僕のヘンテコな部分全部知っているからさ(笑)本当にね、決まって以降、これまでの人生では感じたことのないプレッシャーはある。そんな切羽詰ってるわけじゃないけど、(ちらっと書いていたことでもあるんだけど)今まで“期待された”ことが僕はあまり無かったから。「そんなこと無いよ、皆期待してたって。」って人は言って下さるんですが、多分僕は実感していなくて(笑)競争相手が居なかったからその場所に立てただけで…“期待してなかった割に良くやる、と思われるように頑張ろう”みたいな感じだった(笑)

でも今回は目の当たりにした人の数は勿論、もっと高い倍率の中を僕は掻い潜ったはずで…“期待出来ると判断されたから”そのチャンスがある。しかも、その憧れてたものにそう思われているってさ…更にプレッシャーを感じる要素であって、それはもうそれだけで潰されそうになるぐらい(笑)失敗は許されない、ガッカリさせたらいけない。そんな気持ちになる。はっきり言って、怖いよね。そんな“期待される”なんて、多分人生において初めてだもの。…そう感じるのは今ゆるい気持ちで過ごしているからかもしれないし…うーん、だから上では“達成感はある”とは書いているし、確かに入ることだけでもすごいことかもしれないけど、でも求められているのは“そんなもんじゃない”。本当に一番大事なのはこれから“結果を出せるか”であって、“憧れ”だとか“夢”だとか言っていられるのは入る前までだ。

元々、“知っている人が全く居ない環境に行こう”と考えていたように、甘えの許される環境へ行くつもりは無かった。結果的に知っている人が居ないことも無い環境ではあるにせよ、甘えられるとは思えない。こうしてチャンスを得られた以上、そして今後…ウェブも、音楽も、出版も、今後1年、2年で更に大きな変化が起こるはず。且つ、時間が過ぎるのはあっと言う間だ。甘い気持ちで臨んだら何も出来ずに終わってしまう。今の気持ちとしてはそんな緊張感の方が強く、自分が何を実現出来るか、何を成し遂げたいか。そして自分がどうなりたいか描きながら、とても憧れや満足感に浸ってる余裕なんてないなあとは思ってます。…気を引き締めすぎかな。

…でも、多分「大丈夫、出来るよ」って言ってくれる人が居るんだろう。だから、僕もそこでようやく「出来るかも」と思えると言うか(笑)僕はどうしてもネガティヴ思考なので(それは高校生の頃から変わらないことです)、だから、僕なんかに大丈夫だって言ってくれる人がこの3年間で出来たのが、何よりの財産かもしれない。ずっと言われたかった言葉な気がします、“大丈夫”って。うーん、まあそんな緊張感やプレッシャー、期待というのが“楽しみ”ではあるし、そう、多分人生で二度と無いチャンスだから。その後も生きようが死のうが、東京に居続けられようが地元に帰ることになろうが、今このタイミングのこのチャンスはもう二度と無い。人生において、そんな変化に身を置ける。厳しいことは分かっている。でもだからこそやり甲斐がある。そこに飛び込んでいくと決断した以上は、楽しみ…だよね。

…改めて読み直すと、いつもに増してしっちゃかめっちゃかな文章だなあ(笑)まぁ…もし仮に音楽というテーマで“クロスメディア”ってもの…死語かもしれないけど、それに相対するとしたら、これ以上は無いと思える環境なわけだから、期待もプレッシャーも不安もすごく大きく同居しているけど、それ自体がすごく楽しみ。駅で“今アツい会社はホンモノだ。”なんてキャッチ・フレーズのMyナビ転職の看板を見たり、そうだ誰かに(転職先言う前に)「あれすか?リクルートエージェントですか?」とか言われたんだけど、まあなんか…そういうものを頼っての転職じゃないのもすごく良かったと思うし、…この御時世で転職ってのもどうかと思うけど…ていうかね、最初のアクションを起こした頃と、決まった頃の経済情勢が違い過ぎた(笑)ほんの少しのスパンでしかないのに。そういうところでの不安はあったけどねー。

でも、職というものに関しては…僕は割とハイリスク・ハイリターンで来れてんのかなあ、と。その分恋愛はノーリスク・ノーリターンだけど(笑)ノーリターンっていうかノータリーンっていうか。でもほんとそれぐらい…恋愛とか娯楽とか甘いものに極力目もくれず頑張った自負があるからこそ、そういうのに繋がっているわけだし…もし人に「嫌になって辞めるの?」と思われるとしたら…嫌だったらこんなに頑張れたはずない!って言える。嫌なところはそりゃ沢山あったけど、それでも大好きだからあれだけ頑張れた。気持ちが決まったタイミング的にも“忙しい時期が過ぎた後”で、忙しい時が嫌だったんじゃなくて、逆にスピード感が一気に落ちてしまった時に沈んだところがあって…やっぱ僕は“ラク”を求めていないから。そういうところに対しては思うところも色々あるけど、なるようになったとしか言えないな。

さて。数えてみると、あともう出社する日は少なければ(予定では)15日。多いとまあ20弱あるけど。そう思うと、ほんともうあっと言う間だなあ。正直、引継ぎは今のところまだ一切進んでません。でもまあ、どうにかなる…としか言いようがないなあと…(笑)もうすぐ2月も終わってしまうし、変化を迎える実感はあるのですが…あるようなないような。でもとにかくワクワクするね。20代のこれからの2年、3年、4年。頑張って仕事ばかりして過ごしても、頑張らず適当に仕事をして過ごしても、同じ2年であり、同じ3年という時間だから。それなら、夢中になって日々過ごせた方が良い。…入れ込みやすいところのある僕の目を覚まさせてくれる存在がきっと本当は欲しい、と思うのですが、一度に幾つも何かを欲しがるもんじゃないので…。こんな変化を迎えつつ、そこには相変わらず頭を悩まされるわけですが(笑)

…てなわけで、一応はてなではあと一ヶ月ぐらい続けられれば、と思っています。どうもこのブログは検索に引っ掛かり易いので…ブログ始めた頃は無職だったから、どうやってアクセス数増やすか、みたいなこと多少なりとも考えたけど(笑。そのくせ人のブログに行ったりはしないんだけど。)、今となってはそこが逆にネックと思うとはね。でも、高校生の頃からじゃなく、その頃(無職の頃)から読んで下さっているかたも中には居るのかなと思うと…「こんなんなっちゃいました」って感じです。なんというか。ただの田舎の一音楽好きだったのにね…。…本当はサッカーのことだけでも書き続けたいですけど(笑)…うーん、なんだかんだでねー、ジュビロが僕の心の支えでさ。だから逆に、そういうことを仕事に出来るとも言えるし。とりあえずまた今後とも…こんな長文ブログですが、ご愛顧頂ければと思っております。