メッセージ・ソング?

ジュビロ(Jリーグ)とか、野外フェスとかアートとか。

斉藤和義 on USTREAM『空に星が綺麗』

僕には1歳の姪が居る。その生みの親である、僕の姉は斉藤和義の大ファンである。僕自身何度か斉藤和義のライヴは見たことがあるしCDだって何枚か持っている。“ずっと好きだった”はビートルズ“Get Back”パロディのあのPVを含めて元々好きだった曲で、最近斉藤和義はシングル曲ぐらいしかチェックしていなかったけどその中でもすごく好きな曲。昨年の夏フェスシーズンに斉藤和義がよく着ていた“I WANNA BE YOUR MAN”というTシャツ。あれすごいかっこよくて、あのTシャツで歌う“ずっと好きだった”がまた良かった。というのを前提にして改めて。

今日の斉藤和義Ustreamライヴ『空に星が綺麗』を見た。普通のUstreamライヴだったらチェックしなかったであろう僕も、野次馬のひとり。あの曲を歌うかは分からなくとも、“虹”で「覚悟を決めたら虹を渡っていこう」「ダメでもともとBaby どうせ迷路なら笑って行こうぜ きみとギターとネコと」と歌い、“手をつなけば”では、「惑わされない勇気と 踊らされない心 姿の見えない敵はどっちだ?」と力強く歌う姿を見た時点で、この人がメッセージを発したい意思の強さは十分伝わってきた。100s小谷美紗子トリオでお馴染みの玉木トムさんを迎えたパートは“映画監督”で締めくくられ、一人になった斉藤和義が慣らし始めたのは、あのイントロ。歌い始めたのは“ずっと好きだった”。この時点で視聴者3万人越え。…これで終わっちゃったら売名って言われちゃうんじゃないかなあ、ということも頭を過ぎった。“ずっと好きだった”を歌い終わった――が、終わらない。そして「この国を 歩けば――」。“ずっとウソだった”。本当に歌ってしまった。鳥肌が立った。

その曲中、Ustreamが途切れた。ただの回線のパンクだったみたいですぐ復活したけど、これがまた「圧力か何かか?」というあらぬ憶測を呼び、復活した画面の向こうでは斉藤和義が「切れちゃったの?」としょんぼりしていたのが、また良かった(笑)そしてもう一度“ずっとウソだった”。ああ、本当にこの人は腹括ってんだ。しびれた。斉藤和義だけじゃない。これを撮影しているスタッフ、このチャンネルで配信を踏み切ったレコード会社スタッフ。関わった人たち、全員腹を括っていたはずだ。曲後、何も無かったかのように告知。「来週の放送では――」って来週はあるのか(笑)そして最後“空に星が綺麗”。平和や希望の歌、に近い歌。目当ての歌が終わったからか視聴者が減っていたのは正直残念だったけど、こういう歌が唄える斉藤和義だから――あの歌、行動に価値・意味があるのだと思う。名曲過ぎて泣きそうになるなあ――と思ったところで、曲中にブチっと配信終了(笑)えええ!こっちの方が何らかの圧力を感じて怖かったわ。真相はどうなんだろう。

真相は分からないけど、現代のロック・ミュージシャンが誰も踏み込まなかった領域に踏み込んだ瞬間であり、それを3万人が証人となった。“風に舞う放射能はもう止められない”かはわからないけど、ネットを通じて世界に風に舞ったこの歌が鳴ることは、もう止められない。いや、風化させてはいけない。“誰も声を挙げないことに、声を挙げた”。今回の斉藤和義の行動の最大の価値はこれだと思う。安易に“原発糾弾”“反原発”という言葉ばかりひとり歩きするのは違和感があるし、そう利用されるには勿体無い。“原発”というワードにばかり捉われて、そこばかり先行して好きとか嫌いとか、良いとか悪いとか――そういった単純なYes,Noでばかり答えるから――ある意味「想定出来たはず」「想定外」の二択で語られる、政治家や企業や、ジャーナリズムやメディアや、世の中が成り立ってしまうんじゃないか、って気がします。どちらの方が正しいという簡単な答えは無いと思う。僕はこの記事で言うところの「オレは『政治、企業体質批判』だと思う。普通の市民が普通に考える内容だ」「この歌は原発反対というより、『原発は絶対安全』だというウソをついていたことに対する強烈な怒りの表現だろう」という意見に同意だ。

答えはない。でも、これだけの人にそういったことを考えようと思わせた行動だから、すごいのだ。斉藤和義ほどのシンガーだよ?「企業イメージを良くするためのタイアップ曲」をあれだけ頼まれているシンガーがだよ?売名行為だって?確かに昨日の映像によって、Ustream中継の視聴者が増えたのは確かだろうし、彼の元々持つ素晴らしい曲たちを沢山聴かせられる機会にはなったのは間違いない。けどそれ以上に失うものが多いだろう。こんなことするメリット、何も無い。誰かの曲をカヴァーするのではなく、自分の曲をパロったこと。ドラムのトムを退場させてから、歌い切ったこと。周りに気を遣って、自分の責任で、腹を括って。会社にウソの対応までさせて(笑)ライブパフォーマンスにも“このアコギ一本で生きてきたんだ”という覚悟が滲み出ていた気がする。この行動をロックと言わずして何と言う。僕自身原発についての考え方は昨日書いた通り是でも非でもない。ただ僕はロックな人は好きだし、“本当のこと”を知りたい。そんな声すら他の誰も歌にしない骨抜きの世の中。斉藤和義はロックだった。しびれた。こういった人をリスナーが支持しなければ、という使命感だけ。ほんと知りたいだけなのに春休みはもう終わり。

変な話、「ほんとうのことが知りたい」っていう皆が持っているはずの純粋な欲求を、“原発”にすり替え「本当の本当」から遠ざけている何かが働いているような気さえする。ぶっちゃけ原発の是非を論じるのは僕らがすることでは無いだろう。「ほんとうのことが知りたい」、やはりこの歌で一番大切なのは根底にあるその部分じゃないだろうか?“空に星が綺麗”の最後にあるフレーズは「誰も悪くはないさ きっとそういうもんさ」。最後に、姉貴の感想。「賛否両論だけどこういうことやる人必要だよね。元々そういうキャラだし、せっちゃんらしいわ」