ガーデン・シティ・ライフ・ログ

ジュビロ(Jリーグ)とか、野外フェスとかアートとか、庭園巡りや町歩き記録。

ニワソラナイト vol.2 U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS / 村雨辰剛 @ 渋谷Circus Tokyo が最高に楽しかった!

先週金曜日は『ニワソラナイト vol.2』@渋谷・Circus Tokyoへ。

庭園探訪レポートと歴史コラムのサイト・Niwasoraのイベント。
「若い世代に日本庭園の素晴らしさを知ってほしい」という趣旨で、トーク×音楽イベントとして開催します。

いや〜超楽しかったです。ライブ行った話とかはnoteをはじめた本筋からは少し逸れるかもしれないけど、元々『庭園』というテーマをどうライトに伝えるか…というのは自分の気持ちでもあったりするので、この楽しかったイベントのことを伝えたい。

今回KAKATOとU-zhaanが好きな植木屋さんの息子という今回のイベントにピッタリな友人と行ったのですが、自分よりちょい若い彼と同年代の村雨辰剛さんが「庭師」の仕事について一般層に語る姿に刺激を受けていたし、ライブパートではKAKATOとU-zhaanのパフォーマンスはもちろん、2人して永積タカシ登場に歓喜…!

村雨辰剛さん

序盤は、最近はTVでも活躍されている村雨辰剛さんの庭園トーク
後のライブを盛り上がりを観るに客層は“ライブ目的”の層の方がメインだったと思うのですが、元々“緑の仕事に興味がある”人ではなく、顕在化していない人に対して庭師・植木・造園の仕事についてお話するのはすごく意義深いと思った。

村雨辰剛さんのトークの中で金言だなと思ったのは『毎日違う現場に行くのは、自分にとっては毎日異なる美術館に行っているような気持ちだった』と。

この間のnoteでも少しふれたことで文化財庭園と住宅庭園は同じ庭とは言え少しジャンルが違うものと思っているのですが……一方で一緒に行った植木屋の息子は住宅庭園志向であり、施主のことを最大限に思って仕事をしている話を聞いていても面白くて。
どちらも魅力的な空間である――それを村雨さんが『美術館』と置き換えたのはすごく腑に落ちた。色んな美術館やアート・ギャラリーがあるのと同じ――そう思うとまた楽しい。

ちなみに村雨さんオススメの愛知の『華蔵寺庭園』、行きたいリストにはあってまだ行けていないところ。西尾には他にも再訪したい庭園あるので行きたいなあ…
ちなみにこのトーク、鎮さんが普通にフロアに降りてきて聴いていて、“庭の見付”や“石の顎”の話に頷いていたのが印象的だった。

U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS

そしてU-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS。ユザーンや環ROYさんは他のライブ、フェスで観たことあったけど(特に環ROYさんは蓮沼フィルにて)鎮さん及びこのユニットは観るの初めて。

いやーかっこよかった!既発曲は予習してあったけど、序盤、中盤、最後に差し込まれた「庭」フリースタイルもすごかった。“枯山水”“庭の見付”みたいな、先程のトークからの拾われたようなワードが早速入ってたのもスゲー。

そして“BUNKA”で、ハナレグミ永積タカシ登場!!まままマジで?豪華過ぎじゃない?超興奮した…。

BUNKAのMVのイラスト担当してたのを友人は把握していたので、「タカシ、タカシ…居るなら来いよ…」と鎮さんが言った時にピンと来たらしいけど、自分はそれ知らなかったので、フロアの後ろから人を分けてその姿を表した時にはただただ驚き&興奮…。ただ呼ばれて観に来ただけだったんだろうなあ、すごいサプライズ…

永積さんステージ残ったままの“サマージャム”も最幸…!歌詞も「お庭だねぇ 妥当な線として 夏!お庭!」とか言ってて最高だった。ライブ中はずっと夢窓疎石の庭園が借景になっててね。完全に俺得ってやつですわ…

…ってな具合に後半はただのライブ楽しかった話になってるけど、普段「庭園」「造園」「植木」「庭師」というような言葉にふれない層に、こうしてそういう言葉が届くのはめちゃめちゃ意義深いと思った。
あ〜〜楽しかったな〜〜自分もやりたいなー音楽×お庭イベント。ただ好きなものを組合せたいだけでもあるけど。あーお金貯めたい(全部サッカーと庭園観に行くのに使っちゃうもんで…)。

ジュビロ磐田・名波監督の辞任と鈴木秀人監督就任。“ジュビロ愛”に依存した先に何がある?

Twitterでつぶやくだけでも結構な分量になりそうだったので久々にサッカーネタのブログです。本当は2018年の分の観戦時のつぶやきなんかもブログに転載したいのだけれど――

名波浩監督の辞任。
他のJリーグサポを含めても人気の高い監督だったので色んな声があると思う。個人的には、名波監督で良かったと思った時期もあれば、今季はあまりにジュビロのサッカーから魅力を全く感じられず限界を感じていた――のでその辺のことを色々書きたいと思うのです。

とにかく楽しかった2017年の名波ジュビロ

退任会見で名波さんは以下のようなことを話している。

監督を辞任するひとつの要因として、大分戦のあの感動というのはここにいる皆さんもご存知の方が多いと思いますけど、やっぱりあれ以上の感動を生み出せなかった。あれ以上感動するようなゲームをもっともっとたくさんサポーターやファンの方々に見せられていれば――

確かに2015年、J1昇格を決めた大分戦は泣いちゃうぐらいドラマチックだった。
romitou.hateblo.jpいやでもJ1に上がってからも他に素晴らしいゲームを沢山見せてくれたと思う。昇格したばかりで手探りの中、勝ち点3を掴んだ埼スタでのレッズ戦。翌年の埼スタも俊輔不在の中で逆転勝ち。日本平でのダービーでの3-0快勝。
中でも個人的なベストゲームは2017年4月のカシマスタジアムでのアントラーズ

この中村俊輔のビューティフル・ミドル。抱き合いに行く相手は名波監督。“黄金時代”からのライバル相手の3-0。引き上げる時にゴール裏煽ってた名波監督マジでかっこよかった。
romitou.hateblo.jpこの年の躍進は本当に楽しかった。名波監督が居なかったら来るはずのなかった中村俊輔がタクトを揮って、カミンスキー、大井、祥平、俊の鉄壁守備陣。守備のみならずカウンターでの駆け上がりからの得点など攻撃面での貢献も大きかったムサエフ、川辺。豊富な運動量でサイドを幾度とアップダウンした宮崎と渚。そして川又アダイウトンのコンビに途中出場でリズムを変え結果を出した松浦、若手ながら出場機会を増やしていった小川航基、荒木、昌也。

ここ暫く(J2時代含めて)失点数が多かったジュビロがJ1最小失点。名波監督含め本当にこのメンバーでタイトルを取りたいと思ったし、名波監督はこのまま監督として成長を続けて、遅かれ早かれアンダーや五輪世代の代表までたどり着くかもな――なんて思った。

ただ結果的には――名波監督の指導によって攻撃が構築されたわけではなく、『中村俊輔がスゴかった』ことが分かったのが2018年だったのだけれど――(言っておくと元々代表とかで俊輔推しだったわけではなく、そこまで好きな選手という訳ではなかった。けどジュビロ来て、中村俊輔ってマジですごい選手だったんだなって知った…)

苦しんだ2018年、そして方向性が全く見えなくなった2019年

2018年は確かに怪我人が多かったし俊輔やムサエフのような2017年の躍進を支えた選手が万全ならまた違っただろう――けど、その中でも「この内容で“良い内容”って、大丈夫なの?」と疑問に思い始めた試合は個人的には2つある。

▼2018/05/19 湘南ベルマーレ戦 ●0-1

▼2018/08/15 浦和レッズ戦 ●0-4

この後、共に観に行ってない試合だけど名古屋戦で1-6、エスパルス相手に1-5と敗戦。普通の監督だったらこの辺で退任というのは十分有り得たはず。一方で「名波監督を途中解任するわけにはいかない、名波と心中」と思わせるだけの存在であったのも確かなので、
プレーオフで間一髪残留 ⇒ 勇退 が一番美しいシナリオだったんだろうと思うけれど――

退任を申し出た名波監督を服部強化部長と当時の木村社長が男気溢れる慰留で、引き続き2019年も名波監督が指揮を取ることに。――しかし名波監督がそのオフに口に出した「もうやり切った」は大げさではなかった。
sportiva.shueisha.co.jpそれにしたって2019年のジュビロは方向性が全く見えなかった。

  • 2016年のジェイ・アダ以上に、ロド・アダ頼みの2019年
  • この2人はスペースがあると迫力はあるけど、ブロック固められると個では崩せないから苦し紛れのシュート数だけが増える
  • 2015〜17年頃のようなクロスからの決定機という武器もなくなった
  • 鉄壁を誇った2017年と異なり中盤からの積極的なプレスを選ぶも、追い込みどころなく交わされまくる
  • 本職ボランチではない山田のボランチ起用へ固執、その山田の積極的なプレスで空いたスペースを相手に使われまくる
  • 若手の出場機会が少なく万年ルヴァンカップ要員
  • その上で「夏に戦力補強するから」というクラブのコメント。若手に蓋

今季ちゃんと“ジュビロのやりたいことやって勝てた試合”はベガルタ戦だけ――でもこのベガルタ戦勝った時はさすがに雰囲気上向くかなと思ったんだけどなあ…まさかベガルタがそこから連勝で一気に中位に駆け上がるとは…。

とにかく苦しまぎれのシュートだけが多くて点が取れない。昨日の試合が始まる前段階で、この一ヶ月は6試合3得点。3点ともロドリゲス(うちPK2つ)。見ててなんにも楽しくない。だから「今のジュビロはチケット代払って見る価値はない」と思ったし、そんなことを思ったのは――スタジアムへ通い始めて約20年の間で2006年の山本昌邦監督の辞任前の4-5-1(トップ下名波さん)やってた時以来。
あの時も「山本さん、取締役(執行役員だったっけ)でもあるからなあ…」となんとなーく絶望的な気分だったけど、今回のクラブの「名波監督信頼モード」にもそれに近いものを感じていた。

そこからこの1週間で「名波監督を信頼」というクラブのコメント⇒株主総会⇒名波監督辞任。いざ辞めるとなると、輝かしい思い出があったのも確かだから寂しい気持ちがゼロではない。けど、クラブが本当にJ1に残る気、J1で通用するサッカーを目指す気があるのなら決して遅いタイミングではないし――10人の最下位鳥栖相手に負けた3月にも、この6月にも中断期間があったのだから――と言ってもクラブが解任した訳ではなく、名波さんがいよいよ身を引いた、というのがもやもやする所は少なからずあるのだけれど。

名波監督に戦術家のコーチをつけてみてほしかった

昨年後半から“名波信者”“解任派”というようなワードがジュビロサポTLでは散見されていてこの両者の溝が埋まることはないと思うけど、言えるのは

  • 誰も名波監督憎し、ジュビロ憎しで言ってるわけではない

ということ。
たぶん僕は“解任派”寄りの意見の持ち主だけれど、その一方で『またJ2アウェー行脚したい!』という気持ちが強かったので(笑)、「解任してくれ」と直接的に思うことも言うこともなかったし、名波監督がこのまま続けてJ2に落ちてもそれはそれかな、と思っていました。(その結果名波監督で再度J2戦うことになっても、それはそれで面白いかもと思ってた)

名波監督の素晴らしい所は言い尽くされているけど、

退任会見での

選手と共に、チームを良くしよう、強くしようと思えた時間は歴代ジュビロ監督の中では一番だと自負しています。

これはお世辞でなくそうだったと思うし、昨年からあれだけチームが負けが込み、一部選手に「やりたいことがバラバラ」と言われながらもw、ゴールが決まれば選手は監督の下へ。機能しないプレスを、全力で選手は追いかける、本気で悔しがる。ここまで“チームをまとめられる”人、そうそう居ない。皮肉じゃなく、これは本当にすごいことだと思う。個人的に、部署のマネジメントで苦しんだことがあるから、人望があるマネージャーというのは本当にすごい。

いかんせん、トレーニングからチームに戦術を落とし込んでゆく能力には長けていなかったけれど――それでも“チームをまとめられる”人ってそれだけですごいと思うんですよね。

監督の役割ってどこからどこまでなのだろう?
名波監督の弱点がそういった『戦術を指導する面』ならば、名波監督のやりたいことを落とし込めるコーチを入閣させたって良かったのではないか――お近くのHonda FCで常勝チームを築いている井幡監督だったり、他クラブを解任されたヨンソン、大木さんだったり。

それ以外にも例えば――どんな優秀な戦術家であっても逆に選手から支持されない人も絶対居るはずで、そんな人の元では優れたサッカーは構築されない――選手とのコミュニケーション、選手をその気にさせる、その点においては名波監督以上の人材はそうそう居ないことは確かなのだから。

服部強化部長、鈴木秀人田中誠両コーチ。名波さん含め4人のレジェントともに「現職を務めるのはジュビロが初めて」の新人。その引き出しには限りがあった――というのが名波さんにとっても不幸なことだったかもしれない。『J1で上位を目指すプロサッカークラブ』として客観的な判断を誰も下さず、ただただ一番目立つ名波浩という人がスケープ・ゴートになった――感も否めない。名波監督を必要以上に擁護する気もないし、批判する気もない。けど、一人の影響だけでこのような状況にはならない

そして鈴木秀人新監督。

試合をする前から「期待できない」と言う程、鈴木秀人選手に思い入れが無かったわけではない。けど、懐疑的な気持ちも正直に書いておく。

  • 上記の通り、名波ジュビロが落ち込んだ理由には「名波監督の不得手な所を埋めてくれる片腕が居なかったから」という側面があると思っている。その片腕として丸5年間ともに過ごした秀人に、引き出しがあるのか?(あるなら名波監督在任中から出してよ)
    ※と言いつつも、2017年最小失点を達成するまでになったのは秀人の指導力の賜物ではないかと思っているので、そこは引き続き期待しています
  • 秀人が名波とも服部ともマコとも(あと俊哉や福西とも)違うのは、ジュビロしか知らない』こと。ジュビロヤマハ)でキャリアをスタートし、一度も移籍することなくジュビロで選手生命を追えた。そしてコーチ歴も全てジュビロ。果たして進化しているJ1で巻き返せる引き出しはあるのか?
    ※これから努力して身につけてくれることを期待

そして昨日の辞任から間髪なく、ヘッドコーチからの内部昇格。即座にこの判断をフロントが下したというのは『名波監督の積み重ねは間違っていない。チームを最もスムーズに引き継げる人』という判断の下なのかなという気がする。(上記のような「戦術に長けたコーチの招聘」という選択が無かったのは、フロントが現行のサッカーのクオリティをある程度評価しているからなのではと思う)

…本気でそう思ってんの?今のこのサッカーで?

チームのクオリティの面もそうだけど、これまでの内容“でも”、名波さんだったから抑えられていた――という部分もあるのではないか。まして秀人が“変革”しようとした時に、名波を慕って集まった選手がついてくるだろうか――戻るも地獄、進むも地獄。そしてもしチームが好転しなかった場合、また一人ジュビロのレジェントが憂き目に合う形に――
せめて攻撃面をトレーニングからちゃんと指導できるコーチを補充してよ〜。

でもJ2・J3に行ったって応援するよ。

今回の監督交代でどうなるかは数試合観てみないとわからない。「ああ!スタジアム行きたい!!」という程の気力が戻るかは少し試合見届けてから(だと思う)けど。
それでももしこのままJ2落ちても――他のクラブに心移りするわけでもないので――秀人監督には秀人監督らしいジュビロ磐田を模索して欲しいし――変な話来年もしまたJ2なら、OB監督の成長を眺めたいと思うし――(それがもし秀人ではなくなっていたとしても)

ということで、名波監督ひとまず本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んで、外から色んなサッカーを見てインプットして欲しい。
スタジアムへ観客を戻したのは名波監督が積極的にファンとも関わりを持ったり、街頭でのビラ配りにも参加するなど草の根活動にも積極的だったからだ。こんな監督これまで居なかった、というのはウソじゃない。それ相応のポジションをクラブには用意してほしいけれど、名波さん自身は監督に未練があるのだろうな。
もし日本庭園を見て癒やされたかったら色々オススメをガイドしますので、お声掛けくださいm(_ _)m(ぉぃ

20年WEBサイトを作り続けたアラフォー男性が、WEB業界から庭師を目指す

こんなタイトルですが退職エントリです。
約1年間務めた広告代理店の子会社を退職しました。
この一年間このブログはほとんど更新できていないのでお仕事関係の方に届くかはわかりませんが、在職中お世話になった方ありがとうございました。
またとにかく結果が出ず――ご迷惑お掛けしました。「広げて、広げる」ということが自分にとっては新しかったけど、結果何も実現しなかったのは悔しさというより苦しさしかなかったな。

この浜離宮が少し見える都心一等地のオフィスともお別れ――
さて今後ですが。4月から造園を学ぶために学校へ通います。

初めて「庭師」の仕事を意識した時の話

romitou.hateblo.jpこの2016年の瀬戸内国際芸術祭。
初めて小豆島に足を運び、芸術祭も見ながら重森三玲作庭の「栄光寺庭園・龍門庵」を拝観した。
oniwa.gardenその際にこの庭園の手入れをされている庭師さんにご案内いただいて――この時のエントリに書いていなかったけど、その60歳はくだらないであろう庭師さんが
「後継が居なくてねえ、島に若者が少ないし居てもやりたがらない。本当はあのマツも手入れしたいけど…この庭園もいつまで見ていられるか」
という話をしていて。

もしかしたら地方で庭師さんと会話をしたのも初めてだったのかもな。
外の仕事をやりたがらない若者の気持ちもわかるけど、後継者が居ないことで名園が失われるのは勿体ない――そんなことを思って、造園の仕事について初めて調べたのはこの頃。考えが甘いけど、地方で庭師をやりながら、リモートワークがより広まった頃にWEBの仕事が並行してできれば東京を出ても好きなものに関わりながら生活していけるんじゃないかなあ――と思った。

ただ実際庭師って職人さんの世界だからこの年齢からいけるかというのも微妙だったし、その上年収が半分近くになるということに対してすぐに踏み出せるわけでもなかった。

「おにわさん」は制作には取り掛かっていたけどリリース前のこと。

WEBの仕事には疲れていた

WEBの仕事に携わるまでの流れは以前の
romitou.hateblo.jpでも書いたけれど。
上記の瀬戸芸の約1年前。初めて飛び込んだ広告業界のハードワークに疲れ果てた。毎月時間外100時間超、そして夏場の約200時間でついに心が折れてしまった。

この頃までは
『自分の武器はWEB。WEB業界で一流を目指したい』
という気持ちが1ミリぐらいはあったけど、そこで心が折れてもうそれは無理だと思った(←そういう意味でいうと問題は時間ではないのです。その時間内でも濃い仕事をしてクオリティ高いものへ向けて頭をフル回転させられる人が、やはり居る)。

またそこで心が折れたことによって、「苦しい思いをしてでも一流のものを」という発想がだいぶ弱くなった。全部無理とは言わないけど、自分のHP(ヒットポイント)を知ってしまったというか――ヒットポイントがある時は頑張れるけど、それを燃やし過ぎるとバーンアウトする。
ヒットポイントがある時はハードワーク出来なくもないけど、ヒットポイント減ってる時は簡単なことでも「やりたくないな」と思う…そんな状態で3年間、引き続きWEBの仕事をし続けた。結果を出せた案件もあれば「大期待はずれ」だった案件もあったと思う。

このメンタル面の話はWEBだろうが別の仕事だろうが、多分一生付きまとうかもしれない話なので――うまく付き合う術を模索していかなければいけないのだけど。

結果が出せない、期待に応えられない苦しさ

この一年間務めた今回の代理店系のプロダクションでも、評価いただいたタイミングでは評価してもらっていたなあと思うし、期待も掛けてもらったと思うけど――正直そこに応えられたとは思わない――散々だった。「一流の仕事をしてくれるようになってくれるだろう」と思っていたのに「三流、四流以下かもしれない」と最後は思われたのではないか。

…正直この半年間ぐらいは、そのレール上にも立てていなかった。
一応もともと自分が扱っていた「音楽」というコンテンツを最初評価してくれていたので、そこの仕事なら応えられるかなあと思っていたけど――それ以外のモノを扱うことになった時、自分が思った以上に、自分自身が興味が無いテーマの仕事に手がつかなかったなあ――いやいや仕事はしていたけどほんっとーに興味持てないのがしんどくって。「自分の武器はWEB」という意識と「WEBの仕事疲れた」そんな気持ちの間でずっと揺れていたし、結局気持ちに引っ張られて自分の納得するクオリティの仕事ができていなかった――そのギャップが苦しかった。

向き不向きの部分で言うと、プロデューサーという「司る」役割に自分が向いていたとも思わないし――いやーこんなキャラの人でも付いてきてくれる人が居たらいいなと思ったけど、そうは問屋が卸さなかった(笑)結局絶対的に自信が無いんだよな、自分が。だからずっと怯えながらプロデューサーという役割をやっていたような気がする。

そんな中、頭の中にあり続けたのは
『自分の好きなコンテンツ(庭園)をどう生活の中心に持ってくるか』
ということばかり。

生活の中心に『庭園』を置くために。

最初は「少しでも興味があるコンテンツを持っているWEBの会社に」という形で転職活動をはじめて内定ももらっていたのだけど、話す中で――

  • 自分の実績でWEBの仕事をし続ける限り、「一流を目指す」ことから逃れられない
  • 自分の「庭園」への興味を本当にそれで満たせるのか、またWEB中心の生活になるのではないか

ということを考えるに至り、この年末年始に悩み続けた末に出た結論が、

『造園を学ぼう』
ということだった。
自分が今一番時間を費やしたいこと。そして学ぶ以上は造園業を志します。

元々「緑」が好きなんですよね。井の頭公園の近隣に住み始めてかれこれ15年、このエリアから離れる気はないし、サッカーをスタジアムで観に行くようになったのも(好きなクラブこそあれ)あの芝生のある空間がとても好きだし、競馬場も好きで通ってる時期あった。サイトで取り上げているような文化財庭園も大好きだけど、それ以前に公園というものが好きだ。
公園や緑に関わる仕事をすれば、必然的に好きなものが生活の中心になる――

造園を学ぶという選択肢。
一緒に仕事することはなかったけど、1月に入社された人と初日にご飯へ行った時、学生時代に造園を学んでいた――(その後現在はWEBの仕事へ)という話を聞いた時に「それだ!!」と思う部分はあった。「また転職か」という点でWEBに対して行き詰まってたタイミングだったので実はそれはすごく大きなヒントで――直接そのことについて話はできていないけど、ちゃんとモノになったら話をしたい。

人生がゲームなら、やりたいことをやりきって死のう

前述の通り給料は半分以下から再スタートでしょう。
まーでも多分この辺も、自分の中で『「給料が半分になってでも造園やりたい」と言い出す選択肢』がこの3年間燻り続けていたわけだから「遅かれ早かれ」だったと思う。この2年ぐらい恋愛はもういいやと思っているのは単純に面倒くさいのもあるけど、自分が進みたいと思っているこの道に対する抵抗勢力を作りたくなかったからというのもある。

たまたま36歳になったこのタイミングでの決断だったけど、「東京オリンピックが終わったから――」「40歳になったから――」今後も色んなタイミングで迷い続けていたと思う。(なお年齢的な部分は、その小豆島の後も地方の色んな場所で70代以上の方で手入れをされている方とお話を何度かしてきたので、それと比べればまだまだ若者だろうと思っている(笑))
だから結果的には、「一番若いタイミングでの決断」になったってことですね。

この3年間。身近な存在――WEB/IT業界で一緒に働いていた先輩や元同僚が自死するということもあった。
彼らのほうがよっぽど頭もよくて、仕事ができたと思うし、性格も良くて人懐っこかった。その分闇があったとも言えるけど――本当に勿体ないし悲しい。
自分も2015年以降は行き詰まることも多い。自死という暗い話でなくてもどうせいつか遅かれ早かれ運が良くても悪くても死ぬのだから、「あいつほんと仕事できなかったよな、人としてまともじゃない」と言われても、僕は自分の好きなことをやり切ってからにしたい。

30歳で憧れの人とフットサルが出来た。これまではそれで人生やり残すことないと思っていたけど、今回の決断で新しい目標が出来た、ような気がする。

WEB業界は卒業!

趣味で作り始めた15歳から20年間続いたWEBのビジネスに関しては、これで卒業――と言いたいところというかその覚悟はあるんだけど。現実的に学校通っている間の収入面のことや、IT業界の人手不足もよーく分かってるので――全く関わらないとは言えないし――「全く保険にならない」かと言うとそうではない…という若干の甘えはあるけど。
でも基本的にはITを保険にする気も未練もない。もう「このビジネスで1億円売上目指します!!!」みたいなことはムリだなあって思うし。

「おにわさん」を制作した時に以下のようなことを書いた。
romitou.hateblo.jp

音楽やサッカーやアートと比べて「庭園巡りが趣味」「庭園が好き」というのはなんとも魅力が説明しづらい(昨今は海外の方には非常に受けが良さそうだけど…)。とりあえずサイトという形にしたい

2年間で掲載件数も増えて、サイトやSNSを見てくださっている人も増えて。
面白いもので、このサイトがあったから誰も「なんで!?」と言わずみんな納得してくれて(おもしろがってくれて)背中を押してくれる。それが何よりだな。これまではどうしても片手間のような存在だったけど、今回でいよいよ本格的に「好きなもの」に飛び込んでいけるのは、やはりワクワクする。(貯金に余裕がある訳でもないので正直綱渡り感はあるけどね…)

造園業と一言で言ってもたぶん色々あって、

  • 1. ガチのアーティスト気質の庭師
  • 2. 公園の管理・メンテナンス
  • 3. ガーデニング、エクステリア

とか。正直1を目指すのは厳しいと思っている。沢山音楽を聴いているから名曲が作れるわけではない――ってことも知っているので。なので細かい方向性はこれからですが、仮に20代後半〜30代前半の年収が生涯最高年収になったとしても、どうせもうまともな大人・社会人ではないので、好きなことにお金も時間も費やしますですよ。

デスクでPCに向き合う以外の仕事ってほんとやったことないので、リアルな場で見える世界は全部新鮮なんだろうなー。もしかしたらそこでITで貢献できることもあるかもだし(AIの発達によって無くなる仕事の一つに、造園業はある。あるけど、多分療法を理解して積極的に開発したがる人も居ない気もする(笑))。
…でも、もう都心一等地の高層オフィスに通うことはもう無いかもしれないなあ。
アラフォー男性の挑戦、応援していただけますと幸いです。

近影。あんま顔出して前へ出たいと思っていないけど、生きてるうちに笑顔の写真は沢山世の中に出しておきたいですね。

19シーズン開幕直前キックオフパーティを終えて

このブログも2019年初更新。旅行記も再開したいのですが先日開催した表題の件について「反省点」として思うことが色々あるのでエントリにします。(まずは、来ていただいた方・企画に関わっていただいた方・出演者の方々、皆様ありがとうございました!)
「苗場支部」について見慣れない方にはググッていただけたらと。

反省点の前に

反省点よりも先に考えたいのは、

  • 苗場支部ってなんなのか
    • なぜ、苗場支部にはあれだけ人が集まるようになったのか
    • なにが成功要因・魅力なのか
  • その苗場支部のイベントとはなんなのか
    • 誰にその存在を届けたいのか
    • 誰に来てほしいのか
    • 終わった時、どんなゴールがあるのか

ということ。反省点と一言で言っても「やる人目線」「出る人目線」「来る人目線」で価値が違うし、共通のゴールが無いと反省点言い合ったところで評価がブレる。

偉そうな顔するつもりもないし、本来的には「そのクオリティコントロール」は自分がすべきだったのかもしれないけど――それは今回さておき、自分なりの「想像」の反省点を記したいと思う。あくまで長く苗場支部を見てきている自分の、「苗場支部」と名乗ったイベントが求められると感じたものなので、実際「今回目指していたイベントの姿」とは違うかもしれない。

苗場支部ってなんなのか

苗場支部の魅力ってなんなのか。これはイベントの前にもつぶやいてたこともあるけど、単純な「サッカー×音楽」というコンセプトだけではない。

  • 成功要因
    • Jリーグの各クラブのユニフォームが集合すること自体が珍しく、その画に価値があった
    • もちろん、その場に居たら普段関わることができない他クラブサポとの交流に価値があった
    • それが主にネットにおける口コミ、バズで広がった
  • ではなぜユーザーが面白がってくれるのか
    • それはユーザーが主役だから
    • そして参加へのハードルがない(フジロックに居れば誰でもふらっと入れる)
    • ※なおフジロックへの参加自体がハードルが高いので、そこでの同志というか信頼感がまずある

バッヂ配ったりこそすれ、あの場のイベントを盛り上げているのは参加者の全員であって、チャントも撒き芸も胴上げもシャーレも参加者が作り上げてったもの。『主催者からのトップダウンではない、全員参加型』が「苗場支部らしさ」なのではないかと思っている。
だとすると「苗場支部らしいイベント」で得たいものって以下みたいな点かな。

  • 来た人自身が「参加」できて、主役になれること
  • 普段関わらない他サポーターと交流をしてもらうこと
  • イベント後にSNSに写真や、「他サポとこんな会話をした」という声が沢山上がること
  • SNSにアップしたくなる写真が撮れること

あくまで「らしい」イベントにするか、そうしないかは、やりたい人が決めたらいいなと思っていたのでそこのコンセプトの強制もしなかったけど、「苗場支部」という言葉で期待されるのってそういうところかな〜と思う。

そもそもイベントの集客って難しい

集客について。

  • フジロックという場で200人、SNSのフォロワーで1000人居る苗場支部ですが、1000人のフォロワーって「所詮」というレベルの数値。そのブランド力に頼るのは危険。
  • 「東京で集まったらもっと人集まる??」という期待はむしろ逆で、苗場にいると競合は「他の6つのステージ(とか宿とか)」だけど、東京に居たら無数に娯楽、競合が存在する。
  • 東京では「無料招待ライブ」にすら、広告費をかけて人を集めたりする。無料ですら人が集まらないこともあるのだから有料のイベントはもっと難しい。ましてや夏の苗場支部の集まりは無料だ。
  • 更に世の中的に、新規の催しに人を集めるのは難しい。夏10万人以上集めるフェスが新しいイベントやって集客が1/10以下だった、みたいなことも知ってるから、ブランド力に頼ることは絶対に危険。

たとえばそんな風に集客をネガティブに考えて、「集客は行って10人」というところからスタートすれば、イベントの組み立て方自体が変わっていったかもしれない。
言い換えると、10人ならば顔も思い浮かべられる。苗場やフットサルや飲み会にいつも来てくれてる人。その人達が望むイベントって何かな、なんて組み立て方も出来たかもしれない。

でもなんとなく、選択肢が無数にある東京だからこそ、「顔が見えている」距離のイベントが良いのだろうなあ〜なんて思う。前回のイベント↓はそういう距離感だったように思う。

http://j-naeba.tumblr.com/post/86349544282/jリーグ苗場支部14-決起集会
j-naeba.tumblr.com

だとすると、どんなイベントが成功に近いのか

以上を踏まえると、

  • スモールスタート
  • 開催はゴールではなくPRの場。次回へ繋げるために「写真を撮りたくなる、撮って載せたくなる仕掛け」を念頭に。

というのは今後イベントを新規で考えるにあたって大事なところなのかなと思ったりする。
とにかく『写真撮って、載せたくなる』こと。それ自体がイベント…というか、「その人がそこに時間を費やす価値」。

たとえば「泡パ」が人気出たのもそんなポイントだろうし、『チームラボ ボーダレス』なんかも、これまでチームラボの作品の多くが無料で見られる場に展示され続けた結果、3,600円を払ってでも「写真を撮るために行きたい」と思わせるまで広がったわけで。

現代は、参加者は「鑑賞すること」だけにお金を払う時代ではなくて、それプラス「そこに自分が居た・見た、と発信する価値」にお金を払う(うまく言えないけど)。

唐突にフジロックに話を戻すと、フジロックにここ2、3年若者が戻ってきたのは、ケンドリック・ラマーのような従来とは違うアーティストが出演したのもあるけど、タレントがSNSで発信してくれたことでフジロック=映える」という認識が広まったことも非常に大きいのではと思っていたりします。

反省点を踏まえた上でのアイデア

あまり起承転結になっていないテキストでしたが、最後に次回もしやる場合はこんなことあったらいいなあと思うこと。

  • ユニフォーム着用をドレスコード、または「ユニフォーム着てきたらディスカウント」
  • ユーザーが主役のコーナー。チャントじゃなくても目標順位とかプレゼン大会とか。

…って、夏にやってることと同じだけど、夏にやってることやらなかったら「らしく」ないだろうと思う。
そして個人的にやれたらいいなと思っているのは、サポノフさんやTIF支部さんのような、絡んでるようで絡んでない方と絡みたい。
今回最初に「ターゲットを苗場支部だけじゃなくそれ以外にも広げる」という話があって、それはめちゃくちゃ否定した(=そもそも苗場支部の人たちを呼べる確証もないのに広げて薄くなったら、「顔の見えている」苗場支部の人すら来なくなると思った)のだけど、僕個人は本当は異業種交流会こそ面白いと思っているので。

逆に、別に苗場支部的なものをやるんじゃなくフラットに『サッカー×音楽のイベントをやりたい』ならば、組み立て方もまた違ってくる。
フラットだからこそ、同じように各々のユニフォーム着用とか(この場合海外や代表も含まれる)、写真を撮りたくなるような…みたいなことだとなんだろ?ソックリさん居るとか?
でも何かしら交流出来る仕掛けがなきゃな。なんだろ。
Jリーグ、ってテーマで絞るのはやっぱ「交流時の会話が最初から限定できる」のが良いんだよな。
交流は大事。そういう意味でもスモールスタートは悪くない。

詰んでた

ちなみに自分の状況として…前々から、年に一度のフジロック(と朝霧JAM)での集合以外でも、何かイベントがあればいいかもとは思っていた。一方で、あの集まりは「年一回の同窓会的なもの」という想いもあるので、積極的に「もっと集まる機会を」と思っていたわけでもなく。
今回やりたいという声掛けをもらった晩秋。仕事的にも生活的にも詰んでたので「正直全く手伝えないけど、やるなら公式の告知はする」というかなり引いたスタンスだった。自分の手が詰まっているからと言って「やりたい」というのを止める権利は無いので。

果たしてそのスタンスが正解だったかと言うと…理想はいろいろあるけれど、じゃああの時「エネルギー割けたか」と言うと200%無理だったので、サポート出来なかった心苦しさもあるけど、お疲れ様でした…以外の言葉は無いなあと思います。

色々書きましたが、トークショー含め面白いイベントでした!またなんかできたらいいな。